結果と考察


2.岡山県の極相林

 今回の解析は群落学的なものではないが,優占種として林冠を形成する種及び植生学的な標徴種や識別種のほとんどを含んでいる。従って,これらの植物の分布から,森林植生の遷移方向を推定することが可能となる。植物の分布型から見た,地域ごとの遷移の方向性について述べる。

1) 暖温帯

(1)海岸地域

 海に面する丘陵地帯ではトベラ・ウバメガシ等(A2)の耐塩性,耐乾性に秀でた樹種による森林が形成される。植物社会学的にはトベラ−ウバメガシ群集(宮脇編,1983)と考えられる。内陸側に至るにつれ,A2型のクロガネモチ・ヤマモモ,A3型のクスノキ・モッコク・ナナミノキ等が加わった森林が形成されるものと思われる。

(2)暖温帯下部域

 沿岸部から吉備高原南縁部に至る,海抜200(300)m未満,WI110〜120℃,年降水量1400o未満の地域は,気温的にはシイ・タブ林が発達する地域である。Toyohara(1984)は,アラカシ及びコシダ・シャシャンボ・クロキを標徴種・区分種とし,海抜400m以下の地域におけるアカマツ二次林をアカマツ−アラカシ群集とし,この群集発達地の自然林はツブラジイ−シリブカガシ群集のような常緑広葉樹林であったと推定している。しかしながら,スダジイは元々温暖湿潤気候を好む種である。岡山県におけるスダジイ等(A4)の分布傾向を見る限り,年降水量1400o未満の瀬戸内沿岸や南部地域における分布が困難であることは明らかで,本県におけるアカマツ−アラカシ群集発達地が,一様にシイ林へ移行するとは考えにくい。

 三好・新井(1982)は淡路島の花粉分析の結果から,約2600年前の植生について,照葉樹林が優勢であるものの,アカガシ亜属が優占し,シイノキ属が少なく,シイ欠如型の森林とまではいかないまでもカシを主体とした照葉樹林であったことを指摘している。

 これらのことから,岡山県の低海抜及び,年降水量1400o未満の地域では,ツブラジイ−シリブカガシ群集等のシイ優占林の発達は局所的なものであり,当面アラカシ・ネズミモチ・ヤブニッケイ・モチノキ等(A1),クロガネモチ(A2),クスノキ・ナナミノキ・モッコク等(A3)を交えた,比較的豊富な組成の常緑広葉樹林の成立が想定される。植物社会学的には,ナナミノキ−アラカシ群集(宮脇編,1983)に該当する可能性がある。

 ナナミノキやクロガネモチの成長はアラカシの樹高伸長を遙かにしのいでおり,アラカシは亜高木層を形成するにとどまるものと思われる。このような常緑カシとモチノキ属およびニッケイ属植物により構成される森林は,マツ枯れ後,特に堆積岩地域で発達しつつあり,乾燥地の森林植生として注目される。

 これよりやや海抜が高く降水量が多い地域(海抜200〜400m,WI100〜110℃,年降水量1400〜1600o)もアカマツ−アラカシ群集の発達地域である。この一帯は,やや寒冷であるものの,比較的降水量に恵まれていることから,シイ林へ遷移する可能性の高い地域である。

 スダジイの分布の北限は,最寒月の平均気温2℃の等高線とほぼ一致するとされている(沼田ほか,1996)。岡山県は,ほぼ全県下において2月が最寒月となるが,当月間平均気温2℃の等高線は,WI100℃,CI-8℃の等高線とほぼ一致しており,岡山県におけるスダジイは,この限界値を超えた寒冷地にまで分布していることになる。しかも,スダジイ林の本拠である沿岸部ではなく,吉備高原面においてである。一帯は,典型的ヤブツバキクラスの種(A1)と典型的暖温帯上部の種(B1)が混交する境界域にあたる地域である。

(3)暖温帯上部域

 年降水量1400o以上,WI100(110)未満,海抜400(300)m以上,600(700)m以下の吉備高原を中心とする地域は多様な植生が発達する可能性がある地域である。

 この地域に分布中心を持つ種(B1)には高木の極相構成種が多数含まれている。モミはこの中で最も分布範囲が広い種のひとつである。分布範囲は,分布中心である吉備高原地域から,県北東部では脊梁の裾野にまで広がっているが,その間の分布がやや欠落する傾向がある。この地域にモミの生育立地がないのか,モミが分布できない何らかの要因があるのか,今回はわからなかった。モミは,暖温帯上部では他のカシ類と混生,或いは地域的な立地条件により住み分けながら,中間温帯まで分布するものと考えられる。

 ウラジロガシは高海抜・寒冷地に分布中心がある。また南限は年降水量1400oで途切れる傾向が顕著で,乾燥には弱いものと考えられる。分布範囲の中でコンスタントな出現傾向を示しており,今後の暖温帯上部においては面的に広範な地域を占めてくるのではないかと考えられる。

 アカガシはウラジロガシよりも更に高海抜地に分布中心があり,主に吉備高原面の中でも最も海抜の高い地域を分布の拠点としているものと思われる。分布の北限については,資料の少なさからやや不明確である。

 シラカシは,吉備高原地域では高海抜地で比較的優勢であるが,北部の寒冷・多雨地域では低海抜地に分布中心があるような傾向がうかがえる。分布の北限はWI90〜100℃のあたりにあるものと思われる。

 これらの極相構成種(B1)の気候的な分布範囲は重複しているが,アカガシは山頂・尾型の緩傾斜地,ウラジロガシは露岩のある急傾斜地,シラカシは低丘陵型といえ,これらにモミ,カゴノキ等も加わって,立地的に住み分けて優占群落を形成するものと考えられる。

 Toyohara(1984)が示したアカマツ−ウラジロガシ群種及びアカマツ−シラカシ群集と,アカマツ−アラカシ群集との境界は,およそWI100〜110℃のあたりにあると考えられる。

2) 中間温帯

 WI95前後,海抜600〜800mには,イヌブナやシデ類等の落葉広葉樹林の発達が見られることがある。代表的な樹種であるイヌブナ(B2)は中間温帯に分布中心があるが,海抜に対する分布傾向に乏しく,土地的な極相を形成する樹種ではないかと考えられる。従って,中間温帯の森林は,一様にイヌブナ林,或いはモミ林に移行するのではなく,面的には,コナラ(A5b)・クリ(D),或いはアカシデ・イヌシデ(C3)等による暖温帯性落葉広葉樹林が広く成立するものと考えられる。

3) 冷温帯

 海抜800(700)m以上,WI80(90)℃未満,年降水量2000o以上の脊梁地帯にはブナ林が発達する。ブナの下限の制限要因は気温条件だけではなく,降水量の影響があることがうかがわれる。一方,ミズナラの下限は降水量とは関係なく,気温条件のみに分布が制限されている。従って,降水量が低減するにつれ,ミズナラが優勢な落葉広葉樹林になるものと考えられる。

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岡山県における植物分布要因の解析
出典:難波靖司・波田善夫,1997.岡山県自然保護センター研究報告(5):15−41.
最終更新日:2000/07/07